1993年6月30日水曜日

ドレスデン

  日本からの出張者と共にドレスデンを訪問する機会があった。行きはアウトバーン4号にて着いたが、帰りは72号を通った。道の悪いのにはまいった。4号は改修されており旧西ドイツ並みになっていたが、この72号はひどい。現在一部改修中であったが、まだほとんどの道は表面が凸凹しており、スピードは出せない。おそらく開通したあと修理がなされていなかったのではないかと思う。これが旧東ドイツの現状だったのかと初めて実感した。
  さらには、ドレスデン市内には、かの有名な自動車、トラバントがたくさん走っている。たまたまボディが壊れた車が駐車されていたので見てみると、確かに合板のような材料でボディが出来ている。型は30年程前に日本で走っていた旧スズライトと似ており、どうみてもそれ以来進歩が無かったということのようである。
  なぜこのような事が起こったのか。もちろん旧東ドイツの良い面もたくさんあったと思うが、マイナス面が西ドイツとの比較であまりにも目立つ。性善説的見方からすると、東ドイツは理想郷として素晴らしい国の一つとなったかもしれないが、残念ながら、長い間一握りの人間、集団に権力が集中すると性善説が成り立たなくなることを証明したようだ。
  多様な人格の尊重、頭脳の多様性を認めない、一つの価値観だけが支配的な社会・体制の究極の姿の一例と思う。もう一つ、もっと極端な例としては戦前のドイツ・日本があるがこの場合はまた別の形での結末を示したが。
  しかし、程度の差こそあれ、政治を含めた日本のいたるところにある集団、人の意識にも同じ様な事が言えるような気がするし、また会社にもその可能性があるような気がする。論理的、理想論的でだけではなく、現実論として価値観の多様化が実現できる具体的な体制を積極的に作る時期ではないかと思う。
  ドレスデンでは戦時中破壊された教会などがようやく再建されつつあり、旧東ドイツでは道路の改修などに相当な経費が使われている。ドイツの完全な立ち直りにはまだ時間がかかるように感じる。しかし、私の知っている範囲では、現在のドイツでは価値観の多様性を考えたシステムが色々な場面で機能しており、いずれ数年の後には再び盛り返すだろうと思う。