1993年7月30日金曜日

安藤忠雄

  この春から夏にかけての数ケ月間、ルフトハンザ航空の機上誌の表紙を飾っていたのがこの安藤忠雄さん。飾り気のない大きな顔写真が出ていた。
  ドイツに来るまでこの人の存在を知らなかった。知ったのは、ドイツに来てまもなくの頃、家でドイツのテレビのチャンネルをぐるぐる回していたら、突然、大阪べんなまりの、大阪のどこにでもいるようなおじさんという感じの人がインタビューを受けているのを見た時であった。約一時間の番組で、ドイツ語訳字幕が出るが大阪なまりはそのまま聞けるため、ようやく世界的に名声を博している建築家ということが分かった。建築家といえば丹下とか黒川とかいう名前しか知らない門外漢の私にとって意外な外観の人であった。
  二回目の出合いがルフトハンザの機上誌。そしてこの人の経歴を知ったのが最近の日本の新聞記事を読んだ時であった。それによると、大学にも行かず独学で建築学を学んで、特に海外で活躍しているという。もちろん日本でもある程度認められていた人とのことであるが、むしろ海外で有名になりその後、日本でもさらに有名になったようである。
  音楽の世界も常にこのパターンであり、そのほかの分野でもこのような例はたくさんある。日本では何か肩書きをつけないと売れない。本質を見ずに外観を見る。ヨーロッパは表面上の欠点を探すのではなく、良さ、ユニークさ、独創性を引き出し、本質を受け入れる度量があるように思う。
  論語読みの論語知らず程、たちの悪いものはない。論語読まなくても論語を知る人が本当のその道の大家で有り得るといつも思っている。習って一流になるのは凡人の証明。私なんかは習っても一流にはなれない凡人のまだ下かも知れない。けれど、習わなくても出来る事はあり、私もその点においては非凡なのか。安藤忠雄は建築の道での数少ないその道の大家ではないかと思い、機会があればこの人の作品たる建築を見てみたいと思っている。