1996年6月30日日曜日

バルベック

  この6月のはじめ日本からたくさんの方が来欧された。我社の専務がデュッセルドルフに立ち寄ることになった。昼前に予定通りミラノからの飛行機でデュッセルドルフに着いたが、ちょうど昼食前で、食事をどこでとるかということになった。結局私の提案でバルベックに行くことになった。

  バルベックはデュッセルドルフから北西約70kmにある小さな村である。この村の端にはヨットセールで有名なアメリカのディメンションポリアント社の親会社ベルサイダッハの一工場がある。きれいな町並みに調和するように白いコンクリートでできた広い平屋の工場が見られる。ドイツへ来てすぐのころ何回か訪問したことがある。当時、ドイツならどこにでもあるような村で、仕事でもなければもう訪問することはないと思っていた。

  しかし実際はこの町を毎年、何回も訪れることになったのである。それは、まもなくこの町がアスパラガスの里であると知ったからである。この町はカトリックの巡礼地で有名な町ケベラルとその南シュトレーレンを結ぶシュパーゲル(Spargel、アスパラガス)街道のちょうど真ん中に位置している。アスパラガスのシーズンは4月から6月の間わずかな期間だけ。毎年このシーズンに旬のアスパラガスを味わってきた。5年半ドイツで生活してみてドイツで唯一の美味である。
  
  ドイツビールは逸品であるけれど、食べ物はもう一つというのがドイツ料理。フランクフルトのまさしく有名なフランクフルトソーセージ、ミュンヘンの白いソーセージ、そしてニュールンベルグの小さなニュールベルガーソーセージ、初めて食べると美味しく感じるけれど、そのうち飽きてしまってもう敢えて食べようとはしない。この頃では日本からの出張者とのおつきあい以外はほとんど食べることはなくなった。

  塩辛いのと脂っこいのは私にはどう見ても食欲が進まない。これらソーセージにはまた有名な突き合わせザワークラウトがある。キャベツの塩漬けで少し酸味がある。脂っこいソーセージにはちょうどすっきりして組み合わせは良いのだが、なぜか味は私にはなじまない。これら庶民的な大味な料理の他にもう少し繊細なドイツの肉料理にシュモールブラーテン、ザワーブラーテンもある。たまに家で食べ、確かに美味しいとは感じるけれど毎日は食べられない。結局は魚主体の日本食がベストとの結論となってしまった。

  しかし、このアスパラガスだけは別である。日本ではアスパラガスといえば緑が主体で、白いアスパラは缶詰がほとんど。新鮮なとれたての白いアスパラガスを食べるチャンスはほとんどなく、缶詰の味しか知らないのでなんと味ないものだと思っていた。ドイツへ来て初めて白アスパラガスの本当の味を知ることになった。ゆがいた後、溶かしたバターをつけて、あるいはホーランディシュソースで、そして日本人にとっては鰹節と醤油で食べると最高である。ドイツレストランではこの醤油味は味わえないが、バターでも美味しくツルンと喉元を通る。

  このアスパラガス、一年中いつでも食べられるとなるとまた飽きるのだろうか。春だけ食べられるため余計に美味しく感じるのだろうか。ソーセージはいつでも食べられるので敢えて食べないのかもしれない。しかし、ビールはうまいので毎日飲んでいることからすると、やはり美味しいものは美味しいのであって、限られているからというのが理由ではなさそうである。

  このたび専務は初めて、とれたての白いアスパラガスを食べることになった。さすがに美味しかったとのことで、さっそくおみやげに2kgを購入し持って帰ることになった。調理の仕方を書いた小冊と皮むき器もつけることにした。皮をむかずにゆがいて、堅くて食べられなかったと言った人がいるからである。おそらく日本では味わえない食べ物であるので、おみやげをもらった人はさぞ美味しさに驚かれたことだろう。

  この時期、シュパーゲル街道起点の町ケベラルには巡礼客がたくさん訪れ、有名な「聖母の恵みの聖画」に祈る人が見られる。この10㎝四方くらにの小さな銅板に刻された聖母様に祈ると幸せになるという。内部が鮮やかに彩色されたバチカンを小さくしたようなバジリカ聖堂では日を決めて教会音楽が演奏されている。

  少年合唱隊、オルガンコンサートなど。 この日曜日の夜この聖堂で、ボーイソプラノの美しい音色、パイプオルガンの荘厳な響きを堪能した。いつものことながら、ヨーロッパ人の生活の中に身近に音楽が入り込んでいるのを感じる。その帰り、夕食は当然のことながらバルベック。今シーズン最後のアスパラガスを味わった。来シーズンも出来れば旬のアスパラガスを食べたいと思っているけれどどうなるであろうか。