1995年7月30日日曜日

ジベルニー

  30才代はタイヤコードの仕事に没頭していた。その最大の客先はブリヂストン。この日本のタイヤ業界でのガリバー会社が、文化面での活動にも力を入れているのは有名である。その一つが東京にあるブリヂストン美術館。世界的に有名な絵画を集め展示している。しかし、庶民が有名な絵画を買い家庭で楽しむことは不可能である。それで考案されたのは再生画の技術。この技術は原画と同じような油絵の凹凸があるというものである。ブリヂストンが豪華な額の技術と共に開発し販売をしていた。現在はこの技術を小さな別会社が引き受け製造販売している。

  当時、新築祝い、餞別などの贈り物として重宝させてもらっていたが、10年程前プライベートにも2つ買い求めた。一つはルノワールの「コンサートにて」、そしてもう一つはモネの「睡蓮」である。日本の家には大きすぎる額の大きさであったが、ドイツにきて大きな白い壁にかけるとちょうどバランスがとれ、部屋の雰囲気作りに一役かっている。もちろん毎日見ていても飽きることはない。

  この土日の休み、車でパリへ買い物に行ったついでにGivernyという小さな村を訪れた。この村はパリより北西約70km、セーヌ川をルーエンに向かったちょうど中程にある。セーヌ川を渡って田舎道を走るとこの小さな村に入り、まもなく道の両側が塀で囲まれた所に達する。この塀の両側がモネが晩年過ごした自宅であり、庭園である。

  道をはさんで北側にアトリエ兼住居跡があり、今はモネ博物館になっている。その建物の前は花盛りの庭園である。いろんな花が鮮やかに咲いている。道をはさんだ南側に池があり、この池には睡蓮、柳、日本風太鼓橋、小舟などが見られる。まさしくモネの絵画の題材が目の前に広がる。しかし、池そのものはそれほど大きなものではなく数分も歩けば一周できる。案外小さいのには驚いた。また色も絵は青色系統が主体であるが実際には緑が主体であった。構図とこの色の選択により絵の世界では大きな広がりを感じさせるのだろう。

  そしてモネが住んでいたという博物館に入ると浮世絵がいっぱい。浮世絵美術館と勘違いさせられる。葛飾北斉、安藤広重などがヅラリ。モネは浮世絵を見て、その構図と色の素晴らしさに感嘆し、睡蓮の絵のヒントにしたというのは間違いないと思われた。実際の絵としては浮世絵と印象派の絵では大きな違いがあるが、世界的に知られていなかった浮世絵の素晴らしい所に感動し取り入れる度量はやはり西欧の特徴ではないかと思う。浮世絵が西欧の絵画に大きな影響を与えたことはよく知られているが、日本画が西欧で絶賛されたという話はあまり聞かない。当時浮世絵は庶民の文化、それに対し日本画は文化人といわれた人々のための文化、この辺に芸術の真の醍醐味があるように思う。

  さて、池に浮かぶ実際の睡蓮を見て、背景の緑に映えるその色の美しさにしばし時の流れが止まるように吸い込まれて行く。しかし、絵画を見る方がより永遠の広がりがあるように感じた。現実の風景は限られた空間にすぎないがモネの力により絵には無限の空間を感じさせられる。今回実際の風景を見て、はっきりと認識された。実際の風景を見るよりも絵を見る方が想像の世界が広がる。有名なオランジュリ美術館の睡蓮の大作を思い浮かべると、この思いはさらに強くなる。この雰囲気は本物のモネの絵画でなくても自宅の再生画でも味わえることが今回確認できた。本物の方が迫力あるのはもちろんであるが。

  音楽の世界と同じように自分の聞きたい見たい時にいつでも見聞きできることが芸術を楽しむ基本と思っている。この意味で、この再生画は私にとってはありがたい存在である。どんなところに引っ越しても、これからもいつも見られるよう私の手元に飾っておきたいと思う。それから、もう一つの再生画、ルノワールの「コンサートにて」の本物(アメリカにあるという)にもぜひ出会って、再生画との比較をしてみたいと思っている。