1996年1月30日火曜日

モンテバルキ

モンテバルキにあるプラダ工場

オルヴィエート聖堂のファサード
ラベンナ ガッラ・プラチディア廟内壁のモザイク
  この冬休みは二度目のイタリア旅行。イタリアはフィレンツェから車でローマに向かう途中、高速道路から国道におり、イタリアではどこにでもあるような小さな町に立ち寄った。フィレンツェの南70km、山間の平地にあるモンテバルキという町である。人口数1000人ぐらいであろうか。イタリアはどこの町に行っても古い町並みが残され、古い建物のなかで普通の生活が営まれているが、このモンテバルキもその表現が当てはまる町であった。
  娘の希望でこの町に立ち寄ることになったのであるが、目的はプラダの工場である。今をときめく世界的に有名なブランドであるが、町に入っておばさんにプラダと聞いても反応はない。イタリア語しか通じない所なので発音が悪かったのかもしれないが、こんなに有名な名前を知らないとは不思議に思われた。ひょっとすると町が違うのではないかと思い、娘に再度聞いた。確かにモンテバルキという。車で町の中をうろうろした末、この町の駅に行くことにした。もしタクシーがおれば案内を頼むためである。幸いなことに一台待っており、さっそくプラダと告げた。わかったようで即ついてこいとのしぐさであった。工場に行く人が結構いるようでタクシー運転手は心得た感じであった。結局工場は町から約4km離れた民家もまばらな一角にあった。
  工場は平屋の普通の織物工場のようで、薄いベージュを基本色に赤い線が引かれた外観はモダンな建物であった。ただ建物自体はいかにも工場という形をしていたが、看板がないので知らなければプラダの工場と判断はつかない。この工場の一部を利用してショップがあり、プラダ製品を販売していた。中はたくさんの人でいっぱいであったが、そのなかに数人の日本人も見られ、はやりのリュックサックなどたくさん買い集めていた。
  我が娘も大喜び。さっそくリュックサック、服、小物入れ、靴など品定め。値段を見てみると、同じ商品が通常の半額以下という。たくさん買い込んで売れば儲かる話ではある。しかしよく見ると、これらリュックサックはただの合繊織物にすぎない。確かに普通の織物よりタッチはスムースで繊細ではあるが、所詮合繊の織物。どう高く見ても織物m当たり2000円が良いところ。これがリュックサックになると10万円近くになるというから驚きである。どう見ても2万円ぐらいで売るのが妥当な線。付加価値のつけられたブランドの威力をまざまざと見せつけられた。普通ならばばからしくて買う気にもならないが、半額以下とのことで娘にせがまれ、リュックサック、靴など買うことになった。
  そしてローマに近いオルビエートの聖堂のファサード、この装飾柄と彫刻の緻密さはすばらしい。それにも増してラベンナのモザイクには圧倒された。モザイクの基本の図柄はキリストに関係した宗教の図であるが、その周囲に描かれた文様柄と色にびっくりさせられる。ブルー、赤、グリーンなど色とりどりの独特の色彩は、今の時代の最新のカラーそのものであった。実はローマー時代に作られたものであり、このセンスの伝統が今のイタリアファッションの根底にあると理解できた。
  今、ファッションはイタリアからとよく言われる。プラダにしてもマックスマーラにしても、ベネトンにしても最近元気なのはイタリアブランドばかり。プラダのもともとの家業は皮革品メーカー。今ではファッションの総合メーカーとしてイタリアファッションの洗練された最高級ブランドとしてもてはやされている。しかしその商品作りは伝統的なもの作り技術とベーシックなデザインが基本となっている。
  マックスマーラーの黒のダウンにプラダのリュック。娘はルンルンであったが、旅行中大切なリュックサックの紐のミシンが解けてしまった。大変なショックのようであったが、また補修出来るといって慰めた。もともと、地元の人のために格安で売ることを目的に出来たショップと聞いていたが、実際は素人にはわからない2級品を売っているのではないかと疑いを持ちつつイタリアドライブの旅を終わった。
  年末、オルビエートから新年の挨拶状としてたくさんの絵はがきを出した。今になって電話をしてみると、イタリアの友達でさえ絵はがきを20日ごろ受け取ったという。日本へ出した絵はがきはおそらくまだ着いていないことと思う。なんといういい加減さ。これもまたイタリアである。
  創造の世界、伝統にもとずく工芸のテクニック、イタリアのすばらしい面と、また一方ではものごとがきちっとなされないルーズなイタリア。この両面がこの国の人々を表しているようだ。これは両輪であって、片方がなくなれば片方も成り立たなくなるものと思う。我々日本人はものごとをきちっと正確にする国民ととられていると思うが、きっちりと成し遂げるという価値観にあまりにもとらわれすぎて、今まで大きなものを失ってはいなかっただろうか。これからは、このイタリアから学ぶことが大いにあるように感じる。
  ベニスから北約30kmにベネトンの本拠地トレビゾがある。ベネトンがここに世界の異質の若者を集め、デザイン、写真、テキスタイルなどあらゆる分野の創造的活動の出来る学校“ファブリカ”を設立するという。古い建物を利用しながら新しい建物を作る計画で、この設計は、このベネトンの主旨に賛同した建築家の安藤忠雄さんが担当する。安藤さんの心が私にはよく理解できる。この学校が出来ればぜひ一度トレビゾも訪れたいと思う。