1993年2月28日日曜日

カーニバル

  今月はデュッセルドルフのカーニバルがあった。来独の年は湾岸戦争のため中止、昨年はパリへ遊びに行ったため初めての見る機会だった。21日は私の住んでいるオバーカッセル地区のカーニバル、22日はデュッセルドルフ全体のカーニバルで二日間楽しめた。
  ドイツの冬はどんよりとして寒くちょうど北陸の雰囲気に加えて日照時間が非常に短い。とにかく冬場は何か楽しいことをしないとやって行けない。11月ごろからクリスマスの雰囲気の中で1月初めまで楽しみ、その後2~3週間の休暇をとる人もある。またある人はこのカーニバルまでは何とか耐えてこのカーニバルでもうすぐ春が来るのでもうひとふんばりがんばろうとの思いがあるようである。
  この2日とも0℃付近の温度で昔に比べると暖かいとのことであるが私にとっては寒い中でのカーニバル見学であった。地区のカーニバルでは日本人小学校2年生が忍者姿でパレード、紙で作った手裏剣をまいていた。海外での生活で大切なのは極力郷に従うことであり、これもその一つとして地区での交流に役だっている。
  デュッセルドルフのメインのカーニバルではコール首相の大きな山車が2台パレード。その一つは、2つのコール首相を並べて、最初は1990年として笑顔で手を振る姿、つぎは1993年としておおきな轡に首と両手首をはめられ苦しんでいる姿、そこに書かれた言葉はDie Einheit(統一)、もう一つはきびしい表情のコール首相の姿で、書かれている言葉がWir muesen sparen.(我々は節約しなければならない。)、まさしく今のドイツの状況を物語っていた。
  しかし、パレードに参加している人も、見ている人も、ビール、ゼクト(炭酸入りの白ワイン)などを飲みつつHelau, Helauと大きなかけ声をかけ底抜けに楽しんでいた。

0 件のコメント:

コメントを投稿